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存在
2010/04/02(Fri)
『存在』

存在


あなたは偶然の産物ではない。存在があなたを必要としている。
あなたがいなければ、存在のなかでなにかが見失われ
代わりをつとめることは誰にもできない。そのことが、自分がいないと
全存在が寂しく思うということが、あなたに尊厳を与えるのだ。
星や太陽や月、樹や鳥や大地——宇宙のあらゆるものが、あなた以外の誰かでは
けっして埋めることのできない小さな空白を感じるだろう。
これが、自分は存在とつながっていて、存在は自分の面倒を見てくれているという
途方もない喜び、満足をあなたに与えてくれる。ひとたびあなたがきれいになり、
澄みわたったら、あらゆる次元から自分に降りてくる途方もない愛を見ることができる。


【解説】
完全という蓮の葉に坐っているこの裸の人は、夜空の美しさを見つめています。
彼女は、「わが家」というのは外の世界にある物理的な場所ではなく、
くつろぎと受け容れることの内なる質だということを知っているのです。
星、岩、樹、花、魚や鳥たち―みんな、生のこのダンスのなかで私たちの兄弟姉妹です。
私たち人間はこのことを忘れがちですが、それは私たちが個人的なことがらを追い求め、
必要なものは闘って獲得しなければならないと信じているからです。
しかし、究極的には、個として分かれているという私たちの感覚は幻想にすぎず、
心(マインド) の狭い先入観によってつくられたものです。
今こそ、どこにいようとも「わが家」にいると感じる、その並はずれた贈りものを
受け入れるようにしているかどうか、見てみる時です。
もし、一方で、世間が自分をつかまえようとして躍起になっていると感じていたら、
ひと休みする時です。
今夜は外へ出て、星たちを見ましょう。

                                   **Osho 禅タロット**


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2009/07/25(Sat)
『 源 』

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禅は、頭から出て根源に行くことをあなたに求める ……。
それは、頭でのエネルギーの使い方に禅は気づいていないということではなく
エネルギーがすべて頭で使われていたら、あなたは自分の永遠性に
けっして気づかないからだ……。
あなたは、全体とひとつであるとはどういうことなのか
それを体験として知ることはけっしてないだろう。
エネルギーがまさに中心にあり、脈打っているとき、
エネルギーが頭にもハートにも、どこにも動かずに、ハートがそこから受け取り
頭がそこから受け取る源そのものにあり、源そのもので脈打っているとき??
それこそが、まさに坐禅の意味だ。
坐禅とは、どこにも動かずに、ただ源そのものに坐ることだ。
途方もない力が湧いてくる。
光と愛への、もっと大いなる生への、慈悲への、創造性への、エネルギーの変容。
エネルギーは多くの形を取ることができる。
だが、あなたはまず、いかにその源にあるかを学ばなければならない。
そうすれば、あなたの潜在能力がどこにあるのか、その源が決めてくれる。
あなたは源でリラックスすればいい。
そうすれば、源があなたの潜在能力そのものへと連れていってくれる。



【解説】
「足が地についている」とか「中心が定まっている」と私たちが言うのは
この「源」のことです。
創造的なプロジェクトを始めるとき、私たちはこの「源」に波長を合わせます。
このカードは、私たちにはエネルギーの巨大な貯蔵庫が
用意されていることを思い出させてくれます。
そして、その貯蔵庫に入ってエネルギーをくみ取るためには
考えて計画を立てるのではなく、地に足をつけ、中心に定まり
「源」との接触がもてるほど沈黙しなければならないということも……。
それは、生命と滋養を与えてくれる自分の、個人それぞれの太陽のように
私たちひとりひとりの内側にあります。
脈打ち、入手可能な、純粋なエネルギー??
それには、私たちがなにかをやり遂げるのに必要なものであれば
なんでも与えてくれる用意がありますし、休みたいときはいつでも
家に帰るのを歓迎してくれます。
ですから、あなたがなにか新しいことを始めようとしていて
まさにいまインスピレーションを必要としていても、あるいは
ちょうどなにかをやり終えて休みたいと思っていても、「源」へ行きましょう。
それはつねにあなたを待っています。
しかも、それを見いだすには、自分の家から一歩も出なくていいのです。

                                      **Osho 禅タロット**



今日はマヤ暦の時間をはずした日-
明日からは新たな年・・ 【黄色い自己存在の種の年】 の幕開けです。

真の存在であるために、種をまく年・・なのかな?


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信頼
2008/06/11(Wed)
『信頼』

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いずれ取り去られてしまうものを求めて、自分の生を無駄にしてはいけない。
生を信頼するがいい。
信頼して初めてあなたは、自分の知識を落とすことができる、自分の心(マインド)を
脇に置くことができる。そして信頼と共に、なにか途方もないものが開け放たれる。
そうなったら、この生はもはや普通の生ではない。
それは神で満たされ、あふれるようになる。
ハートが無垢で、いくつもの壁が消えたとき、あなたは無限と橋渡しされている。
そして、あなたは幻惑されてはいない。あなたから取り去ることのできるものはなにもない。
取り去ることのできるものには、取っておくだけの価値はない。
そして、取り去ることのできないものであれば、それが取り去られてしまうことを
なぜ怖れなければならないのかね? それは取り去ることができないのだ。
そんなことはありえない。
自分のほんとうの宝を失うことなどありえない。


【解説】
今こそバンジー・ジャンパーになるときです。紐を結ばずに!
そしてなにかを取っておいたり、秘密の安全ネットを張ったりしない
絶対的信頼
というこの質こそが 「水のキング」 が私たちに要求するものです。
ジャンプして未知なるものへ入っていけるとなったら、考えただけでも
死にそうなくらい怖いのですが、それでもこの上なく愉快な感じがします。
そして、信頼を量子的(クォンタム)、躍(リープ)のレベルにまでもってくると
私たちはもはや念入りな計画を立てたり用意したりはしません。
「いいだろう。これから自分がなにをするのかわかっているのだから信頼しよう。
ちょっと片づけ、スーツケースに荷物を詰めて持って行こう」 などとは言いません。
そうではありません。
次になにが起こるのか考えもせずに、私たちはただジャンプします。
その跳躍、そして虚空を自由に落ちていくときのそのスリルが肝心なのです。
それでもこのカードは、向こう側でなにが私たちを待っているのか
そのヒントをここで与えてくれています。
ソフトで喜んで迎え入れてくれる、おいしそうなピンクのバラの花びら、
ジューシーで…さあ、いらっしゃい!

                                      **Osho 禅タロット**


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調和
2008/05/29(Thu)
『ハーモニー』

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自分のハートに耳を傾けなさい。
どんな危険が伴おうとも、自分のハートに従って動くがいい。

「完璧な単純さの条件は、あらゆるものより高くつくことはあっても
安くつくことはない……」
単純であることはきわめてむずかしい。
というのも、単純であるためには、あなたの持っている
あらゆるものが犠牲になるからだ。
単純であるためには、あなたはすべてを失わなければならない。
人びとが複雑であることを選び、どうしたら単純になれるのかを
忘れてしまったのはそのためだ。
だが、単純なハートだけが神と共に手を取り合って打ち震える。
単純なハートだけが神と共に深いハーモニーを保って歌う。
そのポイントに行き着くために、あなたは自分のハート、自分自身の
胸の高鳴り、自分自身のビートを見いださなければならない。


【解説】
瞑想してハートのなかで安らいでいるという体験は、つかんだり、
強いたりできるものではありません。
それは、私たちが私たち自身の内なる沈黙とさらにさらに調和して
成長していくにつれて、自然とやって来ます。
このカードの人物は、この体験の甘美さと繊細さを反映しています。
ハートから現われ、第三の眼に向けてアーチを描いているドルフィンたちは
私たちがハートとつながりを持ち、そこから世界へと入って行くことが
できるときに訪れる、遊び心と知性を反映しています。
今は自分をもっと柔らかくして、もっと受け容れるようにしましょう。
というのも、言葉では言い表わすことのできない喜びが
すぐそこであなたを待っているからです。
それを、あなた以外の誰かがあなたに示して見せることはできませんし
あなたがそれを見いだしても、ほかの人に言い表わす言葉は
見つからないでしょう。しかし、それはそこに、あなたのハートの奥深くにあります。
熟し、発見されるばかりになって——。

                                      **Osho 禅タロット**


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見えない鳥かご
2007/08/26(Sun)
『 理解 』

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あなたは牢獄から出ている、鳥かごから出ている。
あなたは翼を広げることができるのだ。
ただ、この鳥かごへの執着を落とし鳥かごから出ていくだけで
空全体があなたのものになる。
翼を広げ、鷲(わし)のように、太陽を横切って飛ぶがいい。
内なる空では、内なる世界では、自由にこそ最高の価値がある ??
花は数えきれないほど無数にある。
だがそれらはすべて、自由という風土のなかで咲くことができる。

【解説】
このカードに描かれている鳥は、鳥かごのようなもののなかから外を見ています。
しかし、それには扉もついていませんし、事実、柵も消えかけています。
柵は幻想だったのです。そして、ほかの鳥たちの優美さと自由、励ましによって、
この小さな鳥は出てくるように呼びかけられています。
翼を開き始め、まさに初めて飛び立とうとしています。
鳥かごはこれまでずっと開かれたまま、空は私たちの探険を待ち受けていつも
そこにあったのだ
という新しい理解の曙 ??
それは、初めのうちは私たちをちょっと震えさせることもあるでしょう。
それでいいのです。震えてしまうのは自然なことです。
しかし、その震えのすぐそばに差し出されている軽やかさと冒険を
体験する機会を曇らせてしまわないようにしましょう。
この時期の甘美さと優しさと共に進みましょう。
内側の羽ばたきを感じてください。自らの翼を広げ、自由になりましょう。

                                   **Osho 禅タロット**

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あるある・・・
本当は思いのままに動くことが出来るハズなのに、枷カセがあるのだと思い込んで
躊躇してしまうことって。

昔受けた心の傷においても、似たような場面に出くわしてしまうと
同じ結末を予想してしまって、動きが取れなくなってしまうことって。

こういうことって往々にしてあるかも―

Жクモ大ニガニガ苦々 な私。

5才の記憶を引きずって、実家の玄関で靴を履く時にはいまだに緊張するし
家の小窓を開けるときには、Жヤツがいやしないかとビクビクしてしまうクセが
しっかり根付いてしまったし。 ヽ(ヽ゚ロ゚)ヒイィィィ ЖЖЖ ))))) サササノサ

Жクモ のみならず、心の風景全般―意識的でも無意識的でも―
人って、見えないものに怯えてしまうんだなぁ・・・
そこから先の可能性を剥ぎ取ってしまうのだろうなぁ。

「わかっちゃいるけど、やめられない」 つうのがホンネのとこではあるのですが~
なんだか一度きりの人生、かなりモッタエナイ気がしてきました。

鳥かごはもう、そこにはないのだから。 ・。*゜。*・(o^ー')b 。*・゜:゜*。


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心の映写機
2007/06/09(Sat)
『 投影 』

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映画館で、あなたはスクリーンの方を見て、けっして後ろは見ない??。
映写機は後ろにある。フィルムは実際にはスクリーン上にはない。
それは影と光の投影にすぎない。フィルムはまさに後ろにあるが、
あなたはけっしてその方を見ない。が、そこにこそ映写機がある。
あなたの心 (マインド) は、ことの全体の背後にあり、その心が映写機だ。
だが、あなたはいつも相手の方を見る。というのも、相手はスクリーンだからだ。
あなたが愛していると、相手はたとえようもなく美しく思える。
憎んでいると、その同じ人がもっとも醜く思える。が、同じ人が
どうしてもっとも醜くなりうるのか、そして、その同じ人がどうしてもっとも
美しくなりうるのか、あなたはそのことにはけっして気づかない……。
だから、真実に至る唯一の道は、自分の眼でどうやってじかに見るのか、
心 (マインド) の助けをどうやって落とすのかを学ぶことだ。
あなたが見るものはすべて、あなたの投影にすぎない。
しかも、世界は心と同じ数だけある。というのも、心はそれぞれ
自分自身の世界で生きているからだ。

【解説】
このカードの男性と女性は顔を合わせてはいますが、それでも、互いに
相手をはっきりと見ることはできません。自分の心のなかに作りあげた
イメージを投影し合い、自分が見ている相手のほんとうの顔を覆い隠しています。
私たちはみな、自分で作った映画をまわりの状況や人びとに映し出すことに
熱中してしまいかねません。それは、私たちが自分の期待、欲望、
そして評価によく気づいていないときに起こります。
私たちはその責任を自分でとり、それを認めるのではなく、他人のせいに
しようとします。その投影は極悪なものであろうと、神聖なものであろうと、
不穏なものであろうと、安心感をいだかせるものであろうと、投影であることに
変わりはありません。
現実をあるがままに見るのを妨げる雲なのです。
そこから抜け出す唯一の道は、そのゲームをはっきりと見抜くことです。
他人を評価していることに気づいたら、振り返ってみましょう。
あなたが相手のなかに見ているものは、ほんとうにあなた自身のものですか?
あなたの視界は澄んでいますか?
自分が見たいと思っているもので曇ってはいませんか?

+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+

本日の、Oshoカード。
こんなん出ました。

『 心の映写機~相手はスクリーン 』 って・・・
確かにそうだよなぁ、と激しく納得。ウンウンうなずきまくりながら
じっくりじっくり味わってみるのであります。

私なんぞは何かが起こると、ただただ馬車馬のように
まっすぐ前しか目に入らず
「 ほんとのところはどうなんだろうか 」 なんて思ってみることですら
何かで曇っていたりします。

ガラスクリーナーでピッカピカに磨き上げ、
一点の曇りもない、ピュアな心の映写機で観る映画は
それはそれは、美しいものだと思えるのです。

そして 『 世界は心と同じ数だけある 』

人の数だけ尊い思いの世界がある。
それぞれの世界をお互い尊重出来たなら。。。
ありのままの自分を認め、ありのままの相手を受け入れることが出来たなら
とても素晴らしい世界が一瞬にして目の前に現れるのでしょうね。

これは決して夢物語なぞではなく、心ひとつで実現可能な話。。。

只今、余計なものをそぎ落とすべく
様々なテを使い、日々邁進中☆です。

ε=(ノ`∀´)ノとぅ ε=(ノ`∀´)ノとぅ ε=(ノ`∀´)ノとぅ ε=(ノ`∀´)ノとぅーーー!

 
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マスター=自分自身
2007/05/26(Sat)
『 マスター 』

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「 マスター 」 という言葉のスピリチュアルな意味は、
自分自身をマスターするということだ。
それはどんな信奉とも関係ない。群集に依存してはいないのだ。
マスターはただ独りでいられる。
私が話している 「 新しい人間 」 は、自分自身のマスターになる。

【解説】
禅のマスターは他者に対するマスターではなく、自分自身のマスターです。
―そして、自分をマスターしているというそのことが、彼のあらゆる仕草と
ひとことひとことに反映しています。彼は伝える教義を持っている教師でも
なければ、神と直接的なつながりを持っている超自然的な使者でもなく、
まさに人間ひとりひとりの内側に潜んでいるもっとも高い可能性の生きた
証となった人なのです。弟子は、マスターの眼のなかに自分自身の真理が
映し出されていることに気づきます。マスターの静寂に満ちた臨在のなかで、
弟子はもっと楽に自分自身の実存の静寂へと落ちていくことができます。
マスターのまわりに自然に形成される探求者たちのコミュニティーは、
ユニークな個人それぞれが自分自身の内なる光を見いだすのを支えてくれる
エネルギー・フィールドになります。いったんその光が見つかったら、
外側のマスターは触媒、内なるものの目覚めを喚起する仕掛けに
すぎなかったことを弟子は理解するようになります。

+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+

ここんとこ恒例、今日のOshoカード。

「 全ては己の内にあり 」 つうメッセージを
これでもか、これでもかと受け取り続けます。

うんうん、そういうことなのですよ。きっと。

そろそろ (つか、もういい加減?) この真理を噛み砕いて
自分のモノにしなさいよ、というメッセージなのだと思います。
(これもまた、私のみならず?)

うんにゃ☆自分に浸透させるの術☆★☆ ぼわわ~ん... [ 只今、忍術中 ]

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突破-ブレイクスルー
2007/05/23(Wed)
私たちはみな、ときとして 「 もう、うんざりだ 」 というポイントに
行き着くことがあります。そのようなときは、自分を縛っている重荷と
制限を放り出すために、なんでもいいから、たとえそれが後になって
失敗だったとわかるようなことであっても、とにかく
なにかしなければならないように思えるものです。
もしなにもしなければ、おまえの生のエネルギーそのものを窒息させ、
使えなくしてしまうぞ、と脅されるのです。
もし今、「 もう、たくさんだ 」 と感じているのであれば、
これまであなたのエネルギーの流れを止めてきた、
古いパターンと制限を粉々に打ち砕いてしまうリスクを冒しましょう。
そうすれば、あなたはこの 「 突破 (ブレイクスルー) 」 によって
生にもたらされるバイタリティーとパワーに驚くことでしょう。

                              **Osho 禅タロット**

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・。・。・゜★・。・。☆・゜・。・。 

今日出たカード (オンラインにて) 。
なんだか一人で納得しまくり祭。

私の ´お宝リンク大全集´ でお世話になっている方々の
記事を読ませていただいても、私の重い尻をぐいと押してくださるような
とっても愛ある記事に溢れています。

そして、訪れてくださった方からいただくコメントにも
ハッ・・・ドキリ☆ (゚ー^*) と、心に響きまくるお言葉がテンコ盛なのであります。

ありがたや、ありがたや。。。

(* ̄ノ ̄)/ (* ̄- ̄)人 (* ̄ノ ̄)/ (* ̄ノ ̄)/ (* ̄- ̄)人
↑↑↑ ´心より御礼申し上げ隊´

ゴスペル部隊のような ´心より御礼オンレイ申し上げ隊´ をひき連れまして ~

いつも本当にありがとうございます♪^^♪^^♪

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