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 フォーカシングⅠ
2007/05/31(Thu)
お昼、図書館にて。

「 私に今、一番必要な本はどれでしょうか 」 と、心の中で問うたところ
ある本の元で私の足は止まりました。

『 やさしいフォーカシング 』

やさしいフォーカシング―自分でできるこころの処方 やさしいフォーカシング―自分でできるこころの処方
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フォーカシングとは ~
からだを使って、自己の気づきを促し、心を癒していく独特のプロセスのこと。

自分の、無意識に繰り返される身体のサイン(反応) ~
( 例えば、人と話す時に喉がぎゅっと狭まる感じがして上手く話せない、
胃の辺りに悲しい重い感じがいつもある、胸がぎゅっと締め付けられる
感じがするなど ) に目を向け、その感覚に話しかけ、それが自分に何を
訴えているのかを聞き出すプロセスなのだそうです。

しかもこのフォーカシングは、難しい心理療法的な技法ではなく、
練習できる技であり、セラピストの元へ行かなくても誰にもお金を払わずに
自分一人で出来る方法であるとのこと。

『 からだに耳を傾けることで、洞察・身体のほぐれ・生活に対する前向きな
変化が得られます。あなたは自分のことがもっとよくわかるようになり、
もっと快適になり、そして生活をもっと自分が望むように創造していくよう
行動するようになると思います。』

『 《受容》 《共感》 《自己一致》 をきわめて体験的に理解することが出来ます 』

+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+

実は、私の長年の´怖コワ反応´に対して、今まで何の手立てもなく
起こってしまったら、ただその恐れに身を任せるしかなかったのですが
先日の ヒプノセラピスト ユーリさんのブログ が 私の状況ドンピシャで、
起こってしまう反応へのアプローチについて、ユーリ姐さんの深い深い
ご考察を賜りながら、いろいろと考えあぐねていたところなのでした。

これに関しては、ナンも自分は対策を練っていなかったな。
原因はもうハッキリしているから、あとはこれをどうするかだ。
・・・ということで、恐コワ反応が起こったときの具体的な対策を練るべく
日々、研究にいそしんでいたワケです。

どっぷりその感覚に浸りきってみたりとか、逆にそれを認めたうえで
それがありつつも他のことをして気を紛らわすとか、いろいろ試していたワケでして。

ひたすら実践。ひたすら実験。それは続くよ、どこまでも。


《フォーカシングはどういう人に役立つのか》

・ 心理療法が行き詰ったと感じた時
・ 自分がどう感じているか何が欲しいのか、もっとわかるようになりたい時
・ 押さえきれない感情をどう扱ったらいいのか知りたい時
・ 「できない病」 とか 「やめられない病」 から解放されたい時
・ 自己批判から解放され、自己愛や自己受容を高めたい時
・ はっきりと納得のいく決断をしたい時

「やめられない病」 とな??? 私にもってこいじゃあないのよ。ヘ(^^ヘ)(ノ^^)ノ

ふむふむ。

・・・てなワケで、コレやってみます。いけるかも。そんな予感むんむん。

詳しい手順なども追って載せてゆきたいと思います♪

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 深海からのメッセージ
2007/05/30(Wed)
clipart-suioku-white-pink.jpg

私は、差し伸べられる救いの手を拒まない。
強力を得ることには何の問題もなく、
差し出された贈り物はすべて受け容れる。
私は受け容れることを心から楽しみ、
人生に起きる良きことに感謝する。

          **ドリーン・バーチュー デイリーガイダンス**
                  
。・。・゜★・。・。☆・゜・・。・゜★・。・。☆・゜・。・。・。・。☆。・。・゜★

起こった出来事に心乱されることなく、
ごくごく当たり前の日常を平穏な心で
過ごしてゆくことが出来るならば、
それってとても幸せなことだと言えると思う。

荒れ狂う嵐の海 (起こる出来事) でも
深い深い海の底 (心の奥底) ではしー…んと
静まり返っているような。

深い海の底は、何者にも侵されない。

その海の底って、もしかして心の情報発信基地なのかも。

嵐の水ミナモ面に向けて、深海の底から本当はたくさんの
お助けメッセージが投げかけられているんだけれども
波にのまれないように必死に板キレにしがみついているうちは
それが全く聞こえないのかも。
・・・なんて思えてきたぞ。

あれやこれやと抵抗せずに、それを観念して受け入れた時に
そのメッセージは心に響き渡り、これからどうすればよいのかが
おのずと解るのだろうと思う。

まずは、いま目の前にあるもの全てを受け入れてみよう。
その過程すらも楽しんで、傍観することが出来れば万万歳☆
生きることから逃げずに、自分から飛び込んで行こうと思います。

Let's try!!!

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 お隣のお嫁さん
2007/05/30(Wed)
私の義姉 (というのか?義兄お嫁) はキャナダ人~
中学で英語の先生をする傍ら、自宅でも英語教室を開いています。

日本語ぺらぺらで、とっても静かでつつましやか、
日本人よりも日本人らしい・・・
´キャナダなでしこ´ という感じの方です。[←なんだそりゃ(`-ω-´;)]

「 ちびっこクラスがあるから遊びにおいで 」 と、
娘もお仲間に入れてもらうことにしました。

教室が終わったあとは必ず、おばあちゃん作の
美味しいおふくろの味亭夕ご飯をいただいていくのですが
その席で、指を怪我したお隣のお嫁さんの話になり。。。


キャナダ姐 「 包帯してましたね。痛そうでしたね。 」

ワタクシメ  「 そうそう、ほんと。 」

オバアチャン 「 え?誰が? 」

キャナダ姐 「 お隣の、サザエさん


(;◔ิд◔ิ)パードゥン?



よくよく聞いたらば、「 早苗さん 」 の間違いでありやした。

その早苗さんof ご当人、ベタベタコメディータッチな人ゆえ
ミョーに納得しながらも、思わず笑いこましてしまった私。
(;゚;ж;゚; ) ブブゥ ヾ(▽´゚*) ウハハ (;゚;ж;゚; ) ウググ

ビバビバ☆キャナダ姐!

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マスター=自分自身
2007/05/26(Sat)
『 マスター 』

zen023TheMaster.jpg

「 マスター 」 という言葉のスピリチュアルな意味は、
自分自身をマスターするということだ。
それはどんな信奉とも関係ない。群集に依存してはいないのだ。
マスターはただ独りでいられる。
私が話している 「 新しい人間 」 は、自分自身のマスターになる。

【解説】
禅のマスターは他者に対するマスターではなく、自分自身のマスターです。
―そして、自分をマスターしているというそのことが、彼のあらゆる仕草と
ひとことひとことに反映しています。彼は伝える教義を持っている教師でも
なければ、神と直接的なつながりを持っている超自然的な使者でもなく、
まさに人間ひとりひとりの内側に潜んでいるもっとも高い可能性の生きた
証となった人なのです。弟子は、マスターの眼のなかに自分自身の真理が
映し出されていることに気づきます。マスターの静寂に満ちた臨在のなかで、
弟子はもっと楽に自分自身の実存の静寂へと落ちていくことができます。
マスターのまわりに自然に形成される探求者たちのコミュニティーは、
ユニークな個人それぞれが自分自身の内なる光を見いだすのを支えてくれる
エネルギー・フィールドになります。いったんその光が見つかったら、
外側のマスターは触媒、内なるものの目覚めを喚起する仕掛けに
すぎなかったことを弟子は理解するようになります。

+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+

ここんとこ恒例、今日のOshoカード。

「 全ては己の内にあり 」 つうメッセージを
これでもか、これでもかと受け取り続けます。

うんうん、そういうことなのですよ。きっと。

そろそろ (つか、もういい加減?) この真理を噛み砕いて
自分のモノにしなさいよ、というメッセージなのだと思います。
(これもまた、私のみならず?)

うんにゃ☆自分に浸透させるの術☆★☆ ぼわわ~ん... [ 只今、忍術中 ]

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 ぽちら思ったこと
2007/05/25(Fri)
ここんとこの出来事 ~

義兄と地元の友人の話で盛り上がりまくり、
「 うにゃ子ちゃん、何してんだろうね 」 なんて話になった。
「 結構ワケありで、苦労してるみたいだよ 」 と
ナゼかうにゃ子ちゃんに焦点が当たり、目撃談なんかも飛び出して
あれやこれやと噂話に没頭。。。

その数日後、友だちの店にランチへGO☆したところ、
うにゃ子ちゃんの妹がポツランと座っていた。

実に25年ぶりの再会。

。o○。o○。o○。o○。o○。o○。o○。o○。o○。o○

娘が 「 ママのお仕事場にまた行きたい 」 と言い出した。

私が働いている側で、よくお年寄りに遊んでもらっていた娘。
ほーく園のない日など共に出勤?してホームで一日を過ごす、
なんてことはごくごく当たり前の日常で
それこそまだバブーな赤ちゃんの頃からホームに居座り、
まるで我が家のように、くつろぎまくっていた娘。

その当時のホームの管理者には、親子共々´なついて´おり、
とにかく大大大好きな方だった。

「 Nのおじちゃん(その管理者)、元気かなぁ~ 」 なんて
二人で懐かしんでいたところ、その数日後に街でバッタリと遭遇。

3年ぶり。

+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+~+*+

そんなことが立て続けに続いた後、夢を見た。

友が運転する車に乗っていた私。首都高みたいな道をビュンビュコ走る。
超スピードでカーブを駆け抜けようとしたところ、
曲がりきれずにそのまま真っ直ぐガードレールを突き抜け
ダダーンッと地面に叩きつけられる。(←この辺り、スローモーション)

車が宙に浮いている時に 「 あ。私もう死ぬよ 」 と思った。
・・・が、奇跡的に生き延びた。

節々の打撲なんてものは、時間が経てば癒えるもんだから・・・
なんて痛みに耐えながら、そんなことを思っている自分。。。

心の状態が安定していると、ごくごく当たり前にシンクロが起こるのよ、
というのは、よく目にする耳にするスピ道定説らしいのですが。

思ったことが現実化するスピードが、かんなりかな~り速くなっている今
このような経験をされている方ってたくさんいるのだろうなぁ~、と
ふと思ってもみるのです。

やっぱり今って私のみならず、全人類的突破-ブレイクスルーなのかもかも。

ちなみに ´今日のOsho´
『 完成 』
古いものの終わりと新しいものの到来。

やっぱりな。

o( -_-)ワン!( -_)oツー!!o( )〇☆)゜皿゜)スリー!!!
(↑↑↑ ブレイクダウンじゃ困るの巻)

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突破-ブレイクスルー
2007/05/23(Wed)
私たちはみな、ときとして 「 もう、うんざりだ 」 というポイントに
行き着くことがあります。そのようなときは、自分を縛っている重荷と
制限を放り出すために、なんでもいいから、たとえそれが後になって
失敗だったとわかるようなことであっても、とにかく
なにかしなければならないように思えるものです。
もしなにもしなければ、おまえの生のエネルギーそのものを窒息させ、
使えなくしてしまうぞ、と脅されるのです。
もし今、「 もう、たくさんだ 」 と感じているのであれば、
これまであなたのエネルギーの流れを止めてきた、
古いパターンと制限を粉々に打ち砕いてしまうリスクを冒しましょう。
そうすれば、あなたはこの 「 突破 (ブレイクスルー) 」 によって
生にもたらされるバイタリティーとパワーに驚くことでしょう。

                              **Osho 禅タロット**

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・。・。・゜★・。・。☆・゜・。・。 

今日出たカード (オンラインにて) 。
なんだか一人で納得しまくり祭。

私の ´お宝リンク大全集´ でお世話になっている方々の
記事を読ませていただいても、私の重い尻をぐいと押してくださるような
とっても愛ある記事に溢れています。

そして、訪れてくださった方からいただくコメントにも
ハッ・・・ドキリ☆ (゚ー^*) と、心に響きまくるお言葉がテンコ盛なのであります。

ありがたや、ありがたや。。。

(* ̄ノ ̄)/ (* ̄- ̄)人 (* ̄ノ ̄)/ (* ̄ノ ̄)/ (* ̄- ̄)人
↑↑↑ ´心より御礼申し上げ隊´

ゴスペル部隊のような ´心より御礼オンレイ申し上げ隊´ をひき連れまして ~

いつも本当にありがとうございます♪^^♪^^♪

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ある老婦人のつぶやき
2007/05/22(Tue)
 感謝は充実した人生の扉を開ける。
 感謝することで、自分の持っているものが充分足りるものとなり、
 さらにはあふれんばかりになる。
 否定は受容、混乱は秩序、混沌は清澄に変わる。
 食事は宴会となり、家は家庭となり、他人は友となる。
 感謝は過去を意味あるものとし、今日の平安をもたらし、
 明日の未来像を作る。
                          **メロディー・ビーティ**

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・。・。・゜★・。・。☆・゜・。・。                    

今朝、娘をほーく園に送っていったら、
あれ?あれれ? 見慣れたお顔がチラリズム。。。
私が勤めていた、ほーく園とは目と鼻の先にある介護施設の
入居者の女性が「 保育園で待っていれば会えるだろう 」 と
お散歩がてらに寄ってくださったらしいのです。

娘の病でプッツリと仕事から離れて、もう半年以上 ~
「 やややや、嬉しい。ごぶさたばかりで。 (ノω`*) 」 なんて
再会を喜び、話に華が咲きました。

そのご婦人、かつてはとても裕福な暮らしをなさっていたのですが
まるで坂道を転げ落ちるかのように (ご本人談)、
次々と不幸が襲ってきて、今は家もなくホームにての生活。

仏教の本などをよく読まれ、´心´ のお話が大好きなそのお方。
夜勤の時など、時を忘れてお話に没頭したものでした。

人生、酸いも甘いも経験されたその方のお言葉は
それはそれは重みのあるものでした。

その方が、帰り際に一言、こう仰いました。

「 私はずっと、自分が捨てられたと思っていたけど、実は拾われていたのね。 」

人生で辛いことがたくさんあった。
でもそれは、形を変えた恩恵であったのだ、と。

なんだか、涙が止まりませんでした。

そしてこのような深遠な言葉を聞くことが出来、
また感謝せずにはいられませんでした。 (。-ノ-)/ (。-ノ-)ノ (。-ノ-)ノ


ピヨピヨぴよぴよぴよっこの ∞月のしずく∞拝 (ё_ё)

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匠-たくみ-のワザ
2007/05/21(Mon)
友だちと娘と、´富士山こどもの国´ という
自然公園へ遊びに行ってきました。

一山まるごと、こどもの遊び場っつうくらい
とにかくだだっぴろい、ぴろい、ぴろ~い!
山がきれいで、空気がきれいで、空が青くて☆
いろんなエリアがあり、歩いて歩いて、滑って滑って ~
大人も我を忘れて日がな一日、遊んできました。

20070521135620.jpg

登って登って山のてっぺん辺りに、体験工房なるものがあり
凧やら竹笛やら盆栽やらが自分で作れるとのこと。

そこはまさに ´匠-たくみ-´ワールド。

御年70は越えていらっしゃると思われる男性数名が
ちゃきちゃきちゃかちゃかと切り盛りしている。

匠一人に対して、体験者が入れ替わり立ち替わり常に10名近くはいたので
超人気の引っ張りだこな匠達。 もう匠待ち行列状態。

そんな中で、私たちは凧を作りました。
あ。友だちと私は娘のアシスタントっつうことで。

骨組みの竹と半紙みたいな和っぽい紙をもらい、
まず下絵を忠実に写しながら、紙に絵を描いていきます。

その下絵ってば、子供に人気のキャラクター勢揃いなのですわ。
ポケモン、ゾロリ先生、ドラエモン などなど。。。

娘は女の子らしい下絵セレクトをして、せっせと紙に写しとり
色を塗り、竹を張り、凧糸を取り付けて・・・

おしっ! 完成じゃ!

↓↓↓ 素晴らしき完成図はコチラ ↓↓↓
20070521141031.jpg

(:ΘдΘ)?


下絵は忠実に写しましたが、何か?


娘曰く

「 このキティちゃん、贋物かな? 」

(´谷`;;) ばったもん?

多分、下絵を作成したのは匠達に違いない。
匠は本物のキティちゃんの顔を知らないのではないか。
イメージでささっと書き上げ、つい勢いで
あるはずのない 「 口クチ 」 も描いてしまったのではないか。。。

若輩者たちは、そんな結論に達しました。

「 まあ、いいさ、いいさ。そんなことは。さもないことよ・・・」
口々にそう言い合いながら、激忙しな匠に心から御礼を言い
またもや遊び場へ凱旋した私たち。

風薫る5月 ~ 自然に親しみ、とっても爽やかな一日を過ごしてきました♪

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 気づき…そして
2007/05/19(Sat)
最近、ずっとずっとずっとずっと思っていたこと。。。

それは・・・

「 私って気づいてばっかで、
 ナンも自分にフィードバック
 してないじゃん! 」


(-公- ;) (-公- ;) (-公- ;)

当時抱えていた生き辛さ、苦しさから逃れるために、
スピ道を歩み始めてもぉ20年近く経っているのに
根の根の根っこにおわします住み着いている恐れが
まだしっかり大きな顔してデデンと居座っている。
それは、前の記事にも書かせてもらった例の恐れ~
勝手に体が反応してまうのよ、というヤツです。

「 私は、20年弱クラス! 」と、
ダダンと胸を張って言えるくらいなので、
その気づきの情報量はハンパじゃないと思うのです。

莫大な量のココロ本も読んだ、色んなセラピーを受けた、
日々気づいたことを心に留めている、最近じゃブログも拝読しまくり、
様々な方からありがたいお言葉もいただいた・・・

よく、「 気づいた時点でそのシコリはすっと消えてなくなる 」
なんても、言われたことはあるのですが
… 消えてないど?

多分、気づいたことを浸透させる術-スベ-が
わからないのだと思います。
と、言うよりも、取り込むだけ取り込んで解放出来ずにいるのかも…
それによってシンプルに考えることが出来なくなっているのかも。

『 自分を愛する 』  たったこの一言を
難しくムズカシク、むつかしく難しく考えている模様。

ただ言える事は当時の自分よりは格段に´過ごしやすくなっている´
自分がいることは確かなのです。

これからは、今まで得てきた気づきを人生に生かす術を身に付けるべく
少~し方向転換を図ろうと思います。

これもきっと、経過のひとつなのかな。

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人生の達人
2007/05/18(Fri)
娘と、こー園に行って来ました。

自分 (娘) は遊ぶ気マンマン、でも花の首飾りも欲しいのよ・・・つうことで
私がシロツメクサの首飾り作成担当。

私が内職状態で、せっせこせっせこと作っていたその隣にも
同じくシロツメクサ摘み取り隊の小学5年生くらいの女の子二人組。
花を摘み摘み、何やら話し込んでる様子。

A子 「 私ってさぁ、手芸って苦手なんだよねぇ 」
B美 「 ふぅ~ん 」
A子 「 手芸っていうのはさ、布の厚さとか糸の太さとか針の長さが
    合ってないとさ、なかなか上手くできないんだよ 」
B美 「 ふぅ~ん 」
A子 「 だってさ、´手の芸´ だからね、手芸っていうのは。 簡単に ´縫う´ なんて
    言ってもね、なかなかそれが出来ないんだよ 」
B美 「 ふぅ~ん・・・ 」

ガテン職人気質なA子ちゃんの話を、
しばらく黙々と花飾りを作りながら聞いていたB美ちゃんが、ぽつりと一言。


「 もっと、気楽に考えなよ 」

(;゚;;゚;)


うん。拙者もそれでいいと思う・・・

(自分も意外と、あれやこれやと考えを巡らすタイプゆえ ψ(*`▽´)ψ ウケケノケ )


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 Starting Over
2007/05/15(Tue)
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もっと、もっと、もっと、もっと
もっと、もっと、シンプルに

完璧な営みを続けている自分に
感謝してみよう

アタマをカラッポにして
自分を生かしてくれている
体の中の細胞ひとつひとつに
ただただ、感謝を捧げてみよう

まずはそこから はじめてみる


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 通ずるもの
2007/05/14(Mon)
´ ろうを生きる 難聴を生きる ~ より良い早期療育を目指して ´

私は、NHKの福祉系番組を見ることが多いのですが
先日、このようなタイトルの番組がやっていました。

今は検査技術が優れており、生後それほど経っていなくても
耳が聞こえているか否かが、わかるのだといいます。

自分の赤ちゃんが、全く聴こえないとわかったら・・・

「 ´そのような世界は想像もつかない´ というお母さんへのケアが
  最も必要なのだ 」 と、とある ろう学校の先生が仰っていました。

「 聴こえていないから 」 と言って、ただただ黙ってオムツを替えたり
ミルクを飲ませたりする。 そうではなくて
「 赤ちゃんは、聴こえなくともあなたの語りかけを待っているのですよ。」 と。

お母さんの優しい眼差しや、自分をしっかり見て語りかけてくれることの安心感 ~
それらをしっかり 『 感じとっている 』 というのです。
次は何をしてくれるのかな、 わくわく ヾ(*´∀`*)ノ゛・・・
そんな期待を、からだ一杯たくさん込めて。

続けて先生は、こう仰いました。

「 耳が聴こえないとわかった瞬間から、お母さんは
  『 聴こえていない耳 』 にしか注意が向かなくなる。 」

耳にばかり注意が集中してしまい、その子の全体像を
見落としてしまいがちになる、と。

「 それ以外の素晴らしい要素を、たくさん見つめてあげてください。」

なんだか、ハッとさせられたような気がします。

人を眺める時、そして自分自身を見つめる時って
まず ´欠点´ ばかりが目に入る確率だだいの大。
そこばかりに気を取られて、他に持っている素晴らしいこと、
大事なものを見落としてやしないかと。

介護の世界でもここ数年の間で

「 過去失ったないものよりも、今あるものに目を向けて支援しよう 」

ないものばかりに目を向け続けるのではなく
それをまるごと踏まえた上で、今の生活の質の向上を、
そして何よりも、心の安泰を目指してゆこう。

そのように、確実に流れが変わってきました。

否定的側面からのアプローチではなく、肯定的な面から眺めてみる。
そこにあるものは、変わらないのだけれど、ちょこっと見る角度を変えてみる。
それとこれを合わせたものが、その人全てなのだから。。。
そんな感じなのだと思います。

否定的と思われることでも、そこにあるものは、そのまま認めてあげる。
でも、それにとらわれ過ぎてはいけない。
既に持っている素晴らしいことに、もっともっと目を向けて。。。
ありのままの全体像を見つめてゆく。

偶然目にしたと思われることでも、必ず必要なメッセージを含んでいる。
きちんと心に通じているのですね。

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 娘よ… (o_ _)o彡
2007/05/13(Sun)
5才になる娘の、今朝のほやほや小噺-コバナシ- をふたつほど ~

【 其の壱 】

お天気お姐さん、いや、お姉さんごっこをしていた娘。

割り箸をぶんぶん振り回し、何やら天気図らしきものを指しながら

娘 「 今日は晴れから雨になり、突然カミナリが鳴り出すので。
    気をつけてください。 」

私 「 あの、お姉さん。 『 気をつける 』 って、何に気をつければいいですか? 」

娘 「 おヘソを取られないように です。 」

癶(癶;゚ё゚;)癶 …ぶぶぅーーーーっ

ずいぶん、自信ありげに言ってくれるじゃないか。えぇーーー?

大真面目な娘を、笑っちゃいかんとこらえるのに必死でした。


【 其の弐 】

朝ごはんに、「 イチゴサンドが食べたい 」 と、娘。

完全受注生産で、せっせと作る私。 食パンで作っていたので

「 耳を切らないとねぇ 」 と、つぶやいたところ

「 (ヽ>ω<) **ヒイィィィ** (>ω<ノ)ノ 」

と、自分の耳を両手で押さえてその場にうずくまる娘・・・

嗚呼。。。 ヽ(・、 .) コケッ

ぽんぽこぴ~な娘よ、強くたくましく生きておくれよ。

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 一日の始まりに
2007/05/12(Sat)
20070512091822.jpg

同じ繰り返しに見えるようでも

本当は、毎瞬が違う

大切な、大切な一日

自分のイメージをたっぷり使って

素敵な瞬間を積み重ねて

存分に楽しみましょ♪

自分が見たい風景を、自分で創り上げてゆく

信じて・・・それは必ず出来るから ~

本当の自分に戻ってみる

今まで変わらずに そこにあったもの

これからも変わらずに そこにあり続けるもの

きっと、大切なことを思い出すはず

さあ、心を開いて!

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 ぶっちゃけ☆自分史
2007/05/10(Thu)
私には、長年に渡って染み付いている習慣があります。

「 人が怖い 」

もうここまで来ると、条件反射としか言いようがありません。
パブロフの犬、状態。 (^・ェ・^) バウ

きっつい性格の人や、ちょっとでも否定的な態度を取られたりすると
途端に顔を出す、やっかいなクセ。
おびえまくって、心も体も萎縮してしまいます。

子供の頃、自分の母親はとても怖い存在だと認識していました。

全てにダメ出しされる、何も出来ないくせに~と ことあるごとに言われる、
甘えようとヒザに乗るとスッパンと払いのけられる、突然怒鳴られる、
乗馬のムチでひっぱたかれる、包丁を持って追いかけられる、
金槌で殴られる、眉間に皺を寄せてひたすら睨まれる。。。
(よくまあ、こんなに並べたもんだ (- .-)ゞ)

なので、私はいつも母親の目を気にしていました。
そして子供の私は、強く心に誓ったのだと思います。

「 自分を抑えて いい子でいよう。そうすればお母さんに愛してもらえる。
 お母さんに認められなければ意味がない。 」 って。

当然の如く、その歪みは大人になるにつれて出始めました。
「 なんだか生きづらいなぁ [ウグググ 酸欠] 」 と感じ始め、
心の安泰を求めて、スピ道を歩み始めました。

大勢の中で遊んでいても、いつも 「 自分は独りだ 」 と感じていた自分。
思っていることを表すことが出来ず、ぐぐっと中に溜め込み続ける自分。
広い家の中は、家族ばらばらで、会話のない冷たい場所。
そんな家になんて帰りたくありませんでした。

もう、あれからエエカン (伊豆弁?かなりの、という意) 時間も経ってますが
まだ反応してしまう自分がいます。

私がこんなに苦しいのは、全て母のせいだ。
ずっとずっと、そう思い続けてきました。

しかし、数々の苦しい思い出を紐解くにあたり
「 一番孤独を感じているのは母なのだ。さぞかし辛かったでしょうよ。」
ということが解ってきました。

【 ここから 母、回想録 】
病気がちな母、家庭を顧みず遊び呆けている父、兄弟は男ばかり、
しかも嫁いだ先にはスーパーバンタム級チャムピオンのツオーイ姑だよ。
おまけに自分は商人アキンドの長男の嫁だし。 ( ̄- ̄=)あぁ…

ため息も出ますわな。。。
おそらく、生家でもほっと一息つくことなんて出来ず
嫁いだ先でもいろいろあって、とにかく自分のことで精一杯。
しかし世間サマには良い嫁でいなけりゃならぬ …
それが渡世人のつれぇトコロよ・・・てな感じで
それでも母なりに、3人も子供を抱えて頑張ってくれたのだと思います。

ちなみに私の父はとても優しい人です。
寡黙な父を、母は 「 頼りない 」と感じていたのかもしれません。

母は、その状況下にいて、子供を育てる時にそうするしかなかったのだろう、
とも思うのです。
私がもし、母と同じ状況にいたら、きっと潰れまくっていたに違いない。
下手すれば、今生きているかどうかも分からないぞ。。。
そう思えた瞬間、あれほど嫌悪感を抱いていた母を愛おしく思えたのです。
母も、傷ついていたのだと。

しかしながら、思うに。。。私のこの人怖病の根源は、ここにあるようです。
その当時、私の目に映っていた母を、今いる似たようなタイプの人と
重ね合わせてしまうという。
単なる投影であるとは解っているものの、体が勝手に反応してしまうようで。
(あ。奥底では、自分で選択して反応しているのでしょうね)
´ねばならない信奉´な 完璧主義なる性格も、
きっとここから来ているのかもしれません。

かつて私は、何か上手くいかないことがあると
「 私はAC (アダルトチルドレン) だから 」 と、その出来事によく逃避していました。

でも、その出来事さえも、長~い目で見て、私には必要だったのだと思うのです。

「 自分を表現することは素晴らしいこと。逆を以って学べ 」

きっとそんな風にカリキュラムを組んだのでしょう。
この人生を生きるにあたって、生まれる前に組んだ設計の中で。

『 自分を愛する。ありのままでいいんだよ。自分は完璧なのだから 』

今、この言葉の大切さを心からかみしめています。

「 そのままの自分でいい 」  どれほど、この言葉に救われたことか。。。

その当時の私は、かなり疑心暗鬼な状態で、心がかなりすさんでいたので
刺々しい風景を、外側に見ていたのかもしれません。
足りないところばかりを数え上げ、全てを拒絶していた自分。
その当時の自分には、視点を変える事など出来ませんでした。

しかし、あの出来事があったからこそ、今の私がいる。
あの時は、あれで精一杯。それでよかったんだ、と。
今なら自信を持って言えます。

私は今、とっても幸せです。
家庭は ´お気楽極楽 心のパラライス´~ 平々凡々ながら安泰そのもので
嫁いだ先も、これまた今どき珍しいほど良いト~コ、一度はおいで~♪な感じで
義母もダンナの兄姉もとっても優しい人たちばかり。

『 奥底に眠っている観念を書き換える 』

ここまで解っているのに、何で反応するのかなもし。 もお、ええわい。

ドラクエのようなロールプレイングゲームって、次に進むためには
何かを探し当てたり、ドコかに行かなくっちゃならない。
その一つが欠けても、次に進めないってことかい?
それは一体、何ナンだ? ん? 教えてたも~れ。

んならば、あと一歩!
この染み付いた反応を昇華させるべく、日々、がむばっている私なのです。

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 私の好きな場所
2007/05/08(Tue)
『 ひとが何かをうつくしくつくるのではない。
 美はその創造の 内的な一部なのだ 』
            ** ロベール・アンリ **

美術館に行ってきました。
クレマチスの丘
色とりどりの季節の花の咲き乱れる、緑に溢れたガーデンと
いくつかの美術館が併設されている、とっても素敵な所です。

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私は、美術館が大好きです。
静寂の中、ひとり佇んで、時を忘れて作品を見つめる。。。
それは私にとって、とっても贅沢な至福の時間であるといえます。

今日の美術館の庭では、
たくさんの初夏の息吹に触れることが出来ました。

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人間も自然も、そして芸術も ~ 内なる魂の表れ。
ただただ、美しいと感じるのです。

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 Simple is Best
2007/05/07(Mon)
『 すべて自分のなかにあるということが分かってくると、
 そんなにたくさんの答えが必要でなくなってきます 』
                       ** バシャール **

この世での法則って、いたってシンプルなものなんじゃないか。。。
そんな気がしてなりません。

自分が体験している現実は、全てが自分の内の表われである。
言い換えれば、
『 与えるものが、返ってくる 』

そして、 『 ワンネス 』
全てはひとつに繋がっている。
それは、自分は大いなる存在の一部でもあるということ。
つまりは、「 自分は完璧なのである 」

今、思いつく限りではこんなところです。

宇宙からしてみれば、その法則~ぱぱんっと一言で言い表せちゃうのでは?
なんても思いますが。

そうそう。事を複雑にして、どんどん紐をからめてしまうのは
他ならぬ、自分自身だったのですね。

不幸や幸福は、外から「 降ってわいてくる 」 と、思い込んでいる。
しかしながら、それは単に自分の心の内を、外に創造しているだけ。

否定的な現実を変えたいのならば、その奥底に眠っている観念をよく探ってみて
それを一度受け入れた上で、その後、望むように書き換えてしまえばいい。
( ↑↑ コレが驚くほどスムーズに出来る日がきっと来るハズ!と、固く信じてマス )

そして、サイキックな現象に目を奪われることなく、
そこに込められたメッセージを拾い上げることに重きを置いていきたい。
そんな風にも思います。

地に足をつけて、今ここに在る自分、そして宇宙を信頼して
自分の直感に従って行動してみる。。。

人間て、´ 「 自分が何者であるか 」 思い出しツアー ´ の
ご一行サマなのかもしれませんね。

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 繰り返し見る夢
2007/05/06(Sun)
私には、繰り返し見る夢があります。

大勢の人がいる中で、まるでドラエモンの石ころ帽子をかぶったかのごとく
誰も、私の存在に気づかない。話しかけても答えてくれない。
「をいこら、ちょっと。ここに私はいますのよ」と
さりげなくも熱烈アッピールしようが、全く誰も私に関心を向けてはくれない夢。

今朝もまたソレか。
なんだかな、寂しい気分満載だね。。。と
すっかり、今日の天気のようにどんより陥りモードな私。
しばらく心を落ち着けるべく、ぼぉ~っとしとりました。

ぼぉ~、 うつらうつら ぼぉ~、 うつらうつら、 ぼぉ~~~

「あ?もしかして?」

その時ふと浮かんだ言葉。

『 私が、私を見ていない 』

多分、So そう ~ 最近、ほわほわと外ばかりが気になって、
意識があっちに飛び、こっちに飛んで
自分自身をおざなりにしてたような気がします。

いやいや、最近というよりは、昔っから見ているということは、
昔っからそうなんでしょう。きっと。
心当たりは多分にアリ~~~ ∠( ̄▽ ̄;)

もちろん、遥か昔の家族間における実体験などのエッセンスも
微妙に散りばめられているのだとは思うのですが、
大元はここにアリ、なのかもしれません。

気づいた途端に、雨模様がお日さまサンサン気分に様変わりな私。(The ゲンキン

この人生を、そしてスピ道を歩んでゆくにあたり、
一番大切なことは 『 今ここにいる自分自身との信頼関係 』
´今´の自分をさしおいて、過去や未来や外側にばかり求めていては、
自分なんぞ、いないに等しい。
それは自然な姿ではないので、どこかに歪みが出てしまう。
地に足をつけて、まずは今の自分を愛してみようじゃないか。

こんなことを、石ころ帽子的夢を通して教えられたような気がします。

これで、今度は本当に、石ころ帽子が破れたかな?

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 全託?それとも…
2007/05/03(Thu)
先日、シルバーバイオレットフレームのアチューンメントを受けた私。
とっても心魅かれるものを感じ、するするすると流れに乗るように
受けることとなりました。

高次のエネルギーのイロハも知らず、その存在に触れた私。

高次の存在からいただくエネルギーって、一体ナンなんだろな。
それに全託しちゃってよいのだろうか。

( ̄-  ̄ ) うーん
        | 柱 |ヽ(-_-; ) ウーン
                 (´ヘ`;) う~ん
     
悩みまくった挙句、「どうか、答えを与えてください」 とお祈りタ~イム。
間髪いれずに、ドンピシャな答えをいただきました。

今から15年ほど前に読み込ました 『 バシャール 』 の中から。

****************

◆守護霊・守護神などの救済の神について、バシャールの返答。
 ↓↓↓
彼らは、私たちの代わりに人生を生きることは出来ません。
皆さんが自分自身を一番指導的立場に立たせることができるよう、
皆さん自身の力を思い出させてくれる役割をしています。

◆パワーや、サポートについて
 ↓↓↓
自分自身に役立つ道具はなんでも使ってください。ひとつのやり方しか
ないということはありません。ひとつだけのやり方ですむのでしたら、
地球には人類一人いればいいのです。
自分にとって一番うまくいくやり方が、いまのあなたに一番うまくいく
やり方です。
それが変わるかもしれません。変わったらそれを使ってください。
皆さんのイマジネーションが役立ちます。
皆さんがするべきことはたったひとつ、信頼することだけです。
あなたが得るパワーは、自分自身のパワーです。
自分の中の波長を挙げて、私たちの波長、もしくはパワーと同じレベルに
立つとき、私たちのパワーを感じることができます。
そのパワーは、あなた自身のパワーです。私たちは、皆さんが
自分の中の波動を上げて、私たちとマッチできるように
サポートしているだけです。
私たちは、それらをやりやすくするための環境づくりをするだけです。
いまこの瞬間にも、皆さんの中にはたくさんのパワーが流れ込んでいます。
でもそのパワーを自分のものにしている人はどのくらいいるでしょう?
自分の中にすでに流れているパワーに対して、自分はどのくらい敏感に
なれるか、感じられるようになるかです。                          
                             ****************

なるほど、なるほど。納得、です。

『 全ては自分の中にあり 』

エネルギーを与えて頂いたからとて、それに甘んじてちゃいか~ん。
結局どう使いこなすかは、自分自身の手にかかっているし、
そのエネルギーとは、自分自身の表われでもあるのだから。

高次の存在からの愛~サポートをいただきつつ、
それに頼りきってしまうことなどせずに、
自分自身をおざなりにすることなく、信頼すること。
それが、癒しに繋がるのだ。

。。。そんな結論にたどり着きました。

近頃、「求めよ、さらば与えられん」 の言葉を頻繁に目にします。

求めたら、即答ナリ、でした。 ( ̄皿 ̄)☆シシ

全ての必然に感謝☆します♪

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 スペクトルの月
2007/05/02(Wed)
はじめまして♪

今日はマヤ暦で言うところの 『スペクトルの月』 の始まり。
´自分が表明したものを、宇宙に解き放ち、あるがままに進ませる´
解放の月、なのだそう。

しかも、今日は満月。

そんな佳き日に、このブログをスタートさせることに、
なんだか嬉しい´必然´を感じながら~

ア・リ・ガ・ト・ウ・ゴザイマス☆

どうぞ、よろしくお願いいたします♪

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