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心、言葉、そして現実
2010/02/19(Fri)
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以前勤めていた施設で、とっても心に残っていること-

認知症と共に生きてらっしゃる二人のおばあさん。
90近くのお年齢-トシ-も一緒。

Aさんは、女手ひとつで息子さんを育て上げた苦労のお方。
しかし息子さんを 「嫁にとられた」 との思いをずっと抱えて
生きてきた。

自分を見て欲しい、自分を一番だと思って欲しい。

それは激しい攻撃の言葉や無視などの行動に、明らかに顕れていました。

とある事件が勃発し、未熟だった私の対応の悪さも相まって
半年間、話かけてもウンともスンでも全くなしの無視状態・・
なんてこともありました。

その行動の裏に隠された思い。

きっと心に秘めた行き場のない重たい思いを
誰でもいいから受けとめてもらいたかったのでしょう。

Bさんは、ご主人と人生のお別れをした後は独りぼっちで暮らしてきたお方。

「食事がとってもおいしい」 「みんなと一緒に暮らすことが出来て幸せよ」
「今まで生きてきた中で、今が一番幸せよ」

口癖は 「幸せよ」。

小さなことを見つけては 「ありがたい、ありがたい」 と
ツーと涙を流して手を合わせる。

職員の姿を見かけては
「あなた、今日とってもいいお顔してるわよ」

夜勤の時には
「お疲れさま。夜は冷えるから体に気をつけなさいよ」

人への温かな気遣いも忘れず、必ず言葉にして伝えてくださるお方でした。

そんな対照的なお二人のその後。

Aさんは転倒を繰り返し、脚を骨折して歩けなくなり入院。
おまけに皮膚疾患にて、ほんの小さな傷でも何倍にも膨れ上がってしまうため
身体中は傷だらけ。
言葉も段々と減っていき、体も拘縮してしまい
ベッド上での生活を余儀なくされてしまいました。

1年ほど前に面会に行った時には、その激しさの面影もなく
無表情でベッドに横たわっているだけのまったくの別人でした。

一方のBさんは状態は殆ど変わらず
今も元気に施設で暮らしていると聞きました。

今でもそのお二人のことを思い浮かべて、考えることがあるのです。

この数行で表されたその方々についての云々はほんのほんの一片で
今まで生きてきた背景や周りの環境、認知症の症状や身体的な状況などなど
一人の人間には複雑な要素が絡み合っているのだということを念頭においても・・

善きにつけ悪しきにつけ、行動や想念はやっぱり忠実に
自分の現実に反映されている。

そんな風に思えて仕方ないのです。

配役、状況、その他諸々・・詳細にわたって自分で決めているこの人生。

文句を言いたくなるときもあるし、腹を立てることもあるでしょう。

その状況が自分の人生の全てだと思い込み、思わず飲み込まれてしまうことも
多々ありますが、これも設定しているほんの一部分なのだということを
一歩引いた目線で自覚しながら生きてゆくことが出来たなら・・

お年寄りの生きてこられた軌跡をたどり、今の状況をじっくりと眺めていると
そんな宇宙的人生劇場の一端を垣間見ているようで。

人さまの状況は真によく見渡せます。

同じように、自分の人生も傍観出来るようになれればいいなぁと
常々そう思う私です。



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